私は身体感覚からできている

自分が

【今、ここに存在する】

ということは

自分でその実感があるからそう思える。

実感とは

感覚器官の働きに寄るもの。

目で周囲がみえる、音が聞こえる、味がわかる

皮膚からの様々な刺激があって、体の内部の動きや状態が感じ取れる。

暑い、痛い、気持ちいい、お腹が空いたとか色々いろいろ、、、

その情報を頭で受け取れるから

私は私が存在すると思える。

自分は他者ではないと区別できる。

鯉のぼりと女性の写真・画像素材[1716660]-Snapmart(スナップ ...

だから寝ているときは

存在しないんですよね、区別もできないし。

他者の中には存在しますけど

他者も寝ていたら、やはり私は存在しない( ´艸`)

私たちが他者の存在を確認できるのも

私たちの感覚器官の働きに寄る。

相手を目で見て、触れて、声を聞いてその存在を確認し続けている。

猫が喜ぶ撫で方で絆を深めよう! 猫が撫でられたい場所・撫で方 ...

つまり、これ

何を言いたいかというと

自分の存在って、脳内で作り上げている感覚そのものだということ

他者もそう、この部屋も、窓から見る景色も

私たちが脳内で作り上げているもの

瞬時に、それがまるで途切れなく存在するもののように。

これは、今朝の我が家の庭です

 

そして

心もそう

これこそつかみどころがないのないものです

今日の朝日新聞一面のコラムより

心は何かに対応してめくるめく変化する。

外からの刺激に応じて感覚器官が反応して感情が動き、

その繰り返しが心になっていく、心を作っていく、ように感じている

何を言いたいかというと

幸せ感も感覚器官に寄るものだということ

花が綺麗に咲いている、のを見たり

花のいい香りがする一瞬、があったり

食事が美味しいと感じる瞬間

何かを共有できた時の身体の高揚する感覚

そんな

身体感覚によって心は瞬時に、常に作り続けられている

ヨガで身体感覚と向き合うことは

私たちの心の状態を変化させることにもなっていく

私たちは

感覚で在るものだから、体も、心も。

 

今日も

皆さんにより良い感覚がもたらされますように

 

私は朝から熱田神宮のいわれに感心していたところです(笑)

草薙も焼津も

縁のある所なので~。